【F1】2013マレーシアGP〜Point of the Race〜:チームオーダーによって失われた“笑顔”

©Pirelli
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2013年のF1世界選手権は開幕戦に続き2週連続開催。第2戦マレーシアGPがセパン・インターナショナル・サーキットで行われ、ポールポジションからスタートしたセバスチャン・ベッテル(レッドブル)が、途中で順位を落とす場面があったが最終的に逆転して優勝。通算27勝目を挙げた。

今回、レースで勝敗を分けることになったポイントを振り返る「〜Point of the Race〜」では、46周目の1コーナーで再びトップに返り咲いたセバスチャン・ベッテル(レッドブル)。その一方で抜かれてしまったマーク・ウェバー(レッドブル)との間に起きた“トラブル”について詳しく振り返っていこうと思う。

【ベッテル、チームオーダーを無視し逆転トップへ】
ベッテルがポールポジションでスタートした決勝。序盤のピット戦略でウェバーが逆転し、レース折り返し地点では1位ウェバー、2位ベッテルという状態でレースが進んでいた。ベッテルも何とか再逆転を試みたものの好調のルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)に3回目のピットで先を越され3位後退。39周目の1コーナーで抜き返し2位に復帰するが、その時点でウェバーは4秒先を走っており、ほぼ勝負ありという状態だった。

この時点でチーム側も、これ以上チームメイト同士でバトルして2台とも接触=リタイヤという事態を防ぐため、両ドライバーにこのままの順位を死守し、確実に2台ともチェッカーを受けるようしようと指示。ウェバーはこれに従いエンジンやギアを労るためペースダウン。実際にベッテルが2位を取り戻した39周目までは1分41秒台のペースを守っていたが、42周目には1分42秒365までペースダウン。直前のラップと比べても0.8秒も遅く、クルージングモードに入っていることが判る。程なくして4回目のタイヤ交換のためにピットインした。

しかし、ベッテルはこの指示を実質的に無視する形でプッシュを開始。ウェバーがペースを落とした42周目に4回目のタイヤ交換を済ませるといきなり区間ベストのスピードでプッシュ。翌周にタイヤ交換を終えたウェバーがコースに復帰すると、4秒あった差が0.5秒にまで縮まっていた。当初の予定とは異なり最初はウェバーも慌てるがすぐにバトルモードに突入。1分40秒台までペースを上げて逃げにかかる。開幕戦で掴み損ねたトップの座が目の前にあるとあって気合いが入るベッテルは、46周目のメインストレートでわずかに開いたピットウォールまでギリギリの隙間に、半ば強引にマシンをねじ込み1コーナーでインを突く。結局両者のバトルは4コーナーまで続き、ベッテルが前へ。もちろん、チーム側にとっても当事者であるウェバーにとっても全く予想していなかった展開だった。

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この一件があった直後、チーム代表のクリスチャン・ホーナーは無線で「チームの指示とは違う。こんな愚かなことはやめろ」と叱責。またレースを終えて表彰式を待つ控え室でも技術責任者のエイドリアン・ニューエイが厳しい表情でベッテルに叱責している姿が国際映像で放映された。その直後に2位のウェバーも控え室へ。怒り心頭のウェバーもベッテルに対して厳しい言葉を浴びせ、ニューエイが仲介に入る場面も見られた。

表彰式ではお互い目を合わすこともなく、シャンパンファイトも別々。レースの勝者を讃えるはずのセレモニーのはずが、少し冷め切った雰囲気となってしまった。その後のポディウムインタビューでウェバーは、「チームから、このままの順位でレースを終えると指示が出て、それに従った。タイヤやマシンを労るためにクルージングモードに入ったんだけど、セブ(ベッテル)は自分の判断で指示を無視してレースを続けた。応援してくれたファンの皆さんに勝利をプレゼントできなくて申し訳ない。がっかりだ。」と厳しい表情でコメント。一方のベッテルは「今日は大きな誤りをしてしまった。チームオーダーを無視したつもりはなかったが、自分でも慌ててしまって、こんな結果になった。マーク(ウェバー)に謝罪したい。」と、自分の非を認めている。

表彰式後にベッテル自ら歩み寄って謝罪らしき言葉をかけるも、ウェバーは聞く耳を持たなかった。

【なぜチームオーダーが必要なのか?】
ここで多くのファンが気になるであろう“チームオーダー”という単語。レース展開やチャンピオン争いの状況に応じて、2人のドライバーが協力して、時にはお互いの順位を入れ替えて、チーム全体でのメリットが増える戦略のために指示が出されることが多い。一番よくある例がシーズン終盤のチャンピオン争いの場面で、タイトル争いをするエースドライバーをサポートする役にもう一人が回り、ピット戦略をわざとズラしたり、時には順位を献上することもある。

以前は「レース順位に影響する(順位を入れ替える)チームオーダーは禁止」とルール化されていたが、2011年にレギュレーション内から該当文章がなくなり、現在はチームオーダーが認められていることになっている。しかし、チームオーダーは昔から色々な問題を引き起こす原因となってきた。

<1989年サンマリノGP(アイルトン・セナ/アラン・プロスト)>
これはチームオーダーとは少し異なるが、ドライバー間で事前に取り決めた紳士協定を無視した結果、大きな確執を生むことになった一件だ。
序盤に大クラッシュが発生し赤旗中断。再スタートの際に、当時マクラーレンでチームメイトだったセナとプロストは「スタート直後は危険が多いから、お互いに追い抜き合いをするのはやめよう」と紳士協定を結んだ。ところが再スタートが切られると、後ろを走るセナはいきなり猛追。追い抜き合いはないと信じ込んでいたプロストは何もすることができずセナにトップを奪われてしまう。そのままセナは逃げ切り、このレースを制した。後に泥沼化していった彼らの確執は、ここが発端だったと言われている。

<2002年オーストリアGP(ミハエル・シューマッハ/ルーベンス・バリチェロ)>
当時フェラーリの黄金コンビと言われていたシューマッハとバリチェロ。いつもエースであるシューマッハが最優先とされており、このシーズンも序盤から圧倒的なリードを築いていた。このレースはバリチェロがポールポジションを獲得し、レースもシューマッハを抑えて終盤までトップを死守。このまま自身2勝目のチェッカーを受けるはずだったが、チームは「シューマッハが今年もチャンピオンを獲るためには1ポイントでも多く必要。だから彼を先に行かせろ」というチームオーダーが発令され、最終ラップのゴール直前でわざとスローダウン。シューマッハが先にチェッカーを受けた。このトップ交代劇にはスタンドのファンからもブーイングの嵐を受けた。

<2010年ドイツGP(フェルナンド・アロンソ/フェリペ・マッサ)>
シーズンも折り返し地点に差し掛かっていたドイツGP。このレースはフェラーリ陣営がリード。2009年ハンガリーGPの大クラッシュから復帰して以降、勝利から遠ざかっていたマッサがトップを快走。久しぶりにチャンスが到来していた。しかし背後に迫るアロンソはチャンピオン争いで出遅れおり、逆転タイトルのためにはドイツGPでの優勝が何としても欲しいところ。ここでチームが出した決断が「アロンソを先に行かせる」ことだった。レースも終盤に向かおうとしているところでマッサに対し無線で「“アロンソは君より速い”。この意味が理解できるね?」と飛ばすと、マッサはスローダウンしてアロンソに道を譲る。その後、再度無線で「よくやった。そのままの順位でゴールを目指してくれ。すまない。」と話しかけた。これでアロンソは優勝を飾り、最終戦までベッテルとチャンピオン争いを演じることになった。

この他にも、過去には多くのチームオーダーが行われてきた。もちろん、中にはチャンピオン獲得のためにやむを得ない事もあったが、1つだけ共通しているのが『チームオーダーを行なっても、獲得ポイントやチーム側へのメリットはあるが、そのレースは間違いなく“後味の悪いレース”になり、誰もハッピーな気分になれない』という事だ。

【現在のチームオーダーは“マネー・ビジネス”が背景に?】
以前までのチームオーダーは、どちらかと言えば“チャンピオン争い”という理由で行われていたケースが多かったが、現在は少しずつ使用方法が異なってきている。今回のマレーシアGPでは1−2フィニッシュを飾ったレッドブル以外にも、3・4位に入ったメルセデスAMG陣営でもチームオーダーが行われていた。

レース中盤から3・4位に浮上し、一時はベッテルを追い回す快走をみせたメルセデスAMGの2台。最後のピットストップ以降はルイス・ハミルトンが3位、ニコ・ロズベルグが4位を走り、抜きつ抜かれつのバトルも見られた。その際にロズベルグは無線で「僕の方がルイスより速く走れるから、先に行かせてくれ」とチーム側に要求。これに対しチーム代表のロス・ブラウンは「2台とも、今の順位でチェッカーを受けるのが我々の目標だ。無事に2台とも帰ってくるためにも、この状態を維持せよ」というチームオーダーを出した。

©MercedesAMG
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実際にレース後半のペースはロズベルグの方が速く、実際に前に出ていれば終盤にレッドブル勢を捕まえられていたかもしれない。しかし同じチームメイト同士が順位の奪い合いをして万が一接触=2台ともリタイヤになってしまった場合、手に入るはずだった大量のポイントが「0(ゼロ)」になってしまう。さらにメルセデスAMGのメインスポンサーであるペトロナスは地元マレーシアの石油・ガスを扱う国営企業。これは憶測になるのだが、スポンサーの地元レースで、2台が絡みあってリタイヤという最悪のシナリオを避けるためのチームオーダーだった可能性も否定できない。

特に最近のF1は、ドライバーの獲得方法を見ても判るように、巨大な“スポンサーマネー”がシーズンの行方を左右しており、以前と比べても「マネー・ビジネス」の要素が大きくなり始めている。今回のレッドブルの一件にしても、シーズン2戦目ということでチャンピオン争いの理由で出されたチームオーダーとは考えにくく、やはり(ドライバーの順位よりも)2台とも好結果でフィニッシュすることがスポンサーへの評価に繋がることは明白。そう考えると、今のチームオーダーの用途は以前と比べると変化し始めているのかもしれない。

【世界中のファンが求める“本当のF1の姿”とは?】
今回のPoint of the Raceでは、上位陣が行った「チームオーダー」について取り上げた。前述でも紹介したとおり、現在のF1レギュレーションでは「チームオーダーは合法」となっている。そのため、今シーズンもこれから何度かチームオーダーを出す場面が訪れるだろう。ただ、それを発令することによって、どの時代でも後々問題が起きてきたことは事実だし、今回も例外ではなかった。

確かにチーム運営のため、支援してくれるスポンサーのため、そして何より勝ち取らなければならないチャンピオン獲得のためにチームオーダーは、一部の人間にとっては必要不可欠なのかもしれない。しかし今回の例で見てみると、世界中のF1ファンや関係者は、おそらく手に汗握るほど白熱したであろうバトルを2度も見逃す事になってしまった。

©Pirelli
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世界最高峰の座に今も君臨し、世界中の若いドライバー達のほとんどが「いつかは・・・」と目指す場所で在り続けているF1。その世界トップカテゴリーが“あらかじめ作られたシナリオ通りに進んでいくレース”を行なっていて、本当に今後の発展につながっていくのか?私個人の意見になってしまうが、今後のF1は少し心配になった1戦だった。

『記事:吉田 知弘』

吉田 知弘(Tomohiro Yoshita)

投稿者プロフィール

フリーのモータースポーツジャーナリスト。主にF1やSUPER GT、スーパーフォーミュラの記事執筆を行います。観戦塾での記事執筆は2010年から。翌年から各サーキットでレース取材を重ねています。今年はSUPER GTとスーパーフォーミュラをメインに国内主要レースをほぼ全戦取材しています。
初めてサーキット観戦される初心者向けの情報コーナー「ビギナー観戦塾」も担当。

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