【2014鈴鹿8耐】これが8耐の伝統と文化…全員で楽しみ、困難に立ち向かったレースウィーク

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 今年で37回目を迎えた真夏の伝統ある耐久レース「コカ・コーラ ゼロ鈴鹿8時間耐久ロードレース」。通称”鈴鹿8耐”。27日(日)に行われた決勝レースには、全国だけでなく海外からも、1年に一度のバイクレースの祭典を楽しみにしていたファン62,000人が集まり、白熱したレースを観戦した。スタート直前に襲い掛かった雷雨で史上初めてスタートディレイ。6時間55分に短縮されてのレースとなってしまったが、結局ゴールした時は、いつもの8耐と変わらない感動的なシーンが数多く見られた。

 実は、筆者はプライベートでの観戦も含めて鈴鹿8耐を観るのが初めて。特にここ数年はSUPER GTのSUGO戦と日程が重なっており、なかなか取材の機会がなかった。いつも、4輪レースではF1をはじめ鈴鹿1000kmなども取材してきたが、それとは少し違う「8耐にしかない文化」のようなものがあった気がする。

【1年に一度の8耐は、レースウィークを楽しむ”お祭り”】
 鈴鹿サーキットで開催されるレースの中で、8耐のみ「ナイトピットウォーク」というものが開催される。これでは決勝前夜に行われる前夜祭に合わせてピットレーンを開放。ライトアップされたピットは、8耐ならではの幻想的な雰囲気を演出する。

 この時間を利用してトップチームを中心に翌日に迫った決勝レースでのピット作業練習を行うのだが、ナイトピットウォークに合わせた品々を用意して、ファンを楽しませようとするチームも少なくない。また時にはメカニックたちも作業の手を休め、みんなで記念撮影をするなど、リラックスした雰囲気が流れていた。

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 普段は自分たちのチームでしか活動しないレースクイーンやキャンペンガールたちも自由に各ピットを訪問。他のチームと記念撮影をする姿も見られた。もちろん、総合優勝を狙う上位チームは緊迫した雰囲気が流れていたが、出走する約60台のうち半分以上はプライベーター。レースへの目標はそれぞれのようだ。

 ただ、ほとんどのチームで共通しているのは「1年に一度の8耐をお祭り気分で楽しむ」ことだった。日本国内でも全日本ロードレース選手権を始め2輪レースは多数開催されている。しかし、「1年に一回だけ8時間耐久という限界に挑戦できるレース」という意味でも、特別な思いと情熱を持って参加している人がたくさんなのだと感じた。

【ファンも主役になって参加し楽しむのが8耐】
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 お祭り気分で楽しむのはファンも一緒。特に8耐の場合はファンが主役になって参加できるコンテンツがたくさんある。その中でも代表的なものが毎年恒例となった”バイクであいたいパレード”だ。今年も鈴鹿市商工会議所の青年部が企画・運営を担当。市内に640台のバイクが集まり、市内をパレード。そしてゴールは前夜祭が行われようとしている鈴鹿サーキット。お揃いのピンクのビブスを身につけたライダーたちがメインストレートに現れるとグランドスタンドにいるファンから拍手が贈られ、ピット側にいるメカニックや関係者らもウォールに身を乗り出して手を振った。

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 もちろん、パレードに参加しているライダーたちもみんな笑顔。こういった大きなことが出来るのも、1年に一度だけ。ただレースを観るのではなく、様々な形で参加して楽しむ。他のレースにはちょっとないような光景が広がっていた。

【傷だらけになっても必死にバトンをつなぐ…それが8耐】
 1年に一度、2輪チームとライダーに与えられた大舞台「鈴鹿8耐」。もちろん、出るからには勝ちたいと思う気持ちかもしれないが、その大前提として全員が持っている目標、それが「何があっても8時間を走り切る。」ということだ。今年も、最後まで諦めないライダーとチームが魅せた闘志が、鈴鹿サーキットに詰めかけたファンを感動させた。

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 中でも印象的だったのが、レースも後半に差し掛かろうとした108周目。トップを独走していたF.C.C TSR Hondaの秋吉耕佑が130Rで転倒。足を強く打ち付け自力で歩くことができず、救助にきたマーシャルたちに担架で安全な場所へ運ばれる。

 2年連続でトップ快走中からの転倒を喫したTSR。誰もがリタイアだろうと思っていたが、130Rにいた秋吉は1%もレースを諦めていなかった。痛む足を引きずり再びバイクに身を預けると、自力でピットまで戻ってきたのだ。

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 どんなに傷だらけになっても、必ず19時30分のチェッカーを受ける。各ライダー・チームの間にある暗黙の鉄則。残念ながら秋吉は、骨折の疑いがあったため、ここで走行を断念。パートナーのジョナサン・レイ、ロレンツォ・ザネッティに11番のバイクを託し、メディカルセンターへ運ばれた。チームも秋吉の最後まで諦めない姿勢に応えるかのように、迅速に修復作業を終え、17時30分を過ぎたところで再びコースへ。この時もスタンドからはTSRの復帰を歓迎する拍手が沸き起こった。

 グランドスタンドにはホンダ以外にもヤマハ、カワサキ、スズキなどライバルメーカーの応援席もあり、ファンもそれぞれ目当てのチーム・ライダーに声援を送っていたが、転倒で傷だらけになって戻ってきたライダーに対しては、好きなメーカー関係なく大声援を送る。これも、8耐にしかない光景だ。

 日暮れを迎えた18時50分。終盤を迎えた決勝レースで、またしても注目チームが転倒を喫する。粘り強く追い上げを見せていたエヴァンゲリオン初号機RTシナジーフォースTRICKSTARだ。毎年様々なトラブルに苦しめられ、2年前には残り5分でエンジンブローを起こし”活動限界”を迎えたこともあった。

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 「今年もダメなのか、、」誰もがそう思い始めた瞬間、再びエンジンに火が入りヘッドライトが転倒。ゆるゆると再スタートを切った。やっとの思いでピットに帰ってくると、ここでも満員のグランドスタンドから大歓声が沸き起こる。しかしチェッカーまで残り30分少々、バイクを修復するには余りに短い時間だったが、メカニックたちも「必ずコースに送り出す」と急ピッチで作業を進めた。

 そして残り10分、エヴァ初号機RTは再び息を吹き返しコースインを果たす。この時も彼らの復帰を待ちわびていたかのように大歓声がサーキット全体を包んだ。

 何度転んでも、「チェッカーを受けたい。完走したい。」という強い気持ちで、痛む体を我慢して立ち上がるライダーたち。時には動かなくなったバイクを押してピットまで帰ってくるライダーもいる。それをコースサイドで下位を走るチームであっても必死に声援を送り、ライダーに元気を与え続けるファン。立場はそれぞれ違うかもしれないが、全員で過酷な8時間を乗り切るのが、鈴鹿8耐の伝統であり、醍醐味なのかもしれない。だから、数々の困難を乗り越えてゴールを迎えた時、大きな感動が生まれるのだろう。

【最後は全員が主役、完走表彰式】
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 レースの表彰式と言えば、1〜3位に入ったチームにのみ行われるもの。しかし、鈴鹿8耐には”もう一つの表彰式”がある。それが完走表彰式だ。これは4位以下の完走した全チームを対象に行われるもの。通常の表彰台とは異なるものを使用するが、ライダーにはメダルが贈られる。どんなにトラブルやアクシデントに見舞われ、どんなに下位になっても、過酷な鈴鹿8耐を完走したとして表彰されるのだ。

 プライベーターの中には、この完走表彰を受けるために、歯を食いしばって完走を目指すチームも少なくないだろう。全員が主役になれる。それが8耐なのだ。

【8耐には夢がある、だから来年も観に行きたくなる】
 どうしてもレースというのは勝ったチーム、活躍したチームが取り上げられがちだが、8耐では悔し涙をのんだチーム・ライダーにも様々なドラマが生まれる。今年はケビン・シュワンツ、辻本聡らが参戦し注目を集めたレジェンド オブ ヨシムラ スズキ シェル アドバンス。予選では見事TOP10トライアルに進出。今年で50歳を迎えるシュワンツもアタックライダーとして登場するなど、週末を通して常に脚光を浴びていた。

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 決勝日も朝からレジェンドライダーたちが現役に復帰して8耐に挑戦する姿を一目見ようと多くのファンが来場。ピットウォークでもヨシムラのピットだけ盛り上がり方が違った。しかし、ファンの期待が高まっていく一方で8耐の勝利の女神は予想外な結末を用意していた。

 急激な雷雨によりスタート順延。ウエットコンディションの中でスタートが切られると、第3ライダーとして加入していた青木宣篤が奮闘。序盤から一気に順位を上げていく。マシンもベテラン2人がセットアップに大きく貢献していたこともあり、ウエットでは抜群な速さをみせていた。6周目には同チームの34番ヨシムラ・スズキの津田拓也を捉え3位に浮上。その直後、130Rでバランスを崩し転倒を喫してしまった。

 青木もすぐに立ち上がり、バイクに駆け寄ったが、転倒の衝撃で後輪がホイールから外れ、再走行はおろかバイクを押してピットに戻ることも不可能な状態に。この瞬間に12番のリタイアを余儀なくされ、シュワンツと辻本は決勝で一度も走ることなく、2014年の8耐を終えることになってしまった。

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 ファンの間からも残念がる声が上がったが、これで終わりではないのが8耐。レース後、レジェンドチームを指揮した吉村不二雄監督は「レースなんだから、あんなことはあって当たり前。誰もノブ(青木)を責めることはないよ。たくさんのファンの皆さんに応援してもらって、本当に嬉しかった。」とチームのホームページでコメントを発表。さらに「また来年、ってファンの皆さんが言ってくれるからね、そんなに簡単な話じゃないけど、いい方向に考えたいな。」と、来年の再挑戦の可能性を示唆するコメントを残してくれた。また同様に辻本は「たくさんのファンが来てくれて、また来年お願いします、って言ってくれたのが本当にうれしいね。また1年間、びっちり準備してみますか!」と語り、シュワンツも「また日本に、鈴鹿に帰ってきたいね。」と前向きなコメントをしてくれている。

 1年に一度の開催なので、今年逃したら次のチャンスはもちろん来年。でも、「来年も夢が見られる、来年も夢を叶える挑戦ができる」。そういう舞台として、挑戦者やファンの”夢”を裏切らずに30年以上も続いてきたのが鈴鹿8耐という舞台なのだ。

【最後の合言葉は“また来年!”】
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 表彰式が終わり、開放されたメインストレートには余韻に浸るファンの姿が数多く見られた。ポールポジションやリーダータワーで記念撮影をする人。1年に一度、この鈴鹿でしか会わない観戦仲間と閉園間際まで語り合う人。最後の瞬間まで8耐を満喫したいというファンの気持ちに触れることができた瞬間だった。

「また来年!」

 楽しみにしていたレースウィークが終わってしまった寂しさよりも、むしろ来年の再会に向け、第一歩を踏み出しているファンの合言葉だったような気がした。

 今年も、数えきれないドラマと感動が生まれた鈴鹿8耐。2014年の第37回大会は幕を閉じたばかりだが、8耐を愛する人々の間では早くも2015年の第38回大会開幕に向けたカウントダウンが始まっている。

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 夏場は注目レースが多く、どれを観に行こうかレースファンの間でも悩みのタネになりがちだ。ただ、もし機会があれば、一度は8耐を観戦しに鈴鹿サーキットに足を運んでいただきたい。それを心の底から自信を持って言えるほど、色々な感動と興奮を感じることができたレースウィークだった。

『記事:吉田 知弘』

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吉田 知弘(Tomohiro Yoshita)

投稿者プロフィール

フリーのモータースポーツジャーナリスト。主にF1やSUPER GT、スーパーフォーミュラの記事執筆を行います。観戦塾での記事執筆は2010年から。翌年から各サーキットでレース取材を重ねています。今年はSUPER GTとスーパーフォーミュラをメインに国内主要レースをほぼ全戦取材しています。
初めてサーキット観戦される初心者向けの情報コーナー「ビギナー観戦塾」も担当。

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