今年もF1世界選手権の日本GPが三重県の鈴鹿サーキットで10月11〜13日に開催。当初は台風の影響なども心配されたが、この日を楽しみにしていた多くのF1ファンの願いが通じたのか、3日間とも晴天に恵まれ、絶好のレース観戦日和に。注目の決勝レースは、2番手スタートのセバスチャン・ベッテル(レッドブル)が見事な逆転優勝を飾った。
1987年から鈴鹿サーキットを舞台にF1日本GPの開催がスタート。途中2年間は富士スピードウェイ(静岡県)で開催されたが、今年で同サーキットでの開催25周年を迎えた。しかし、今年は日本の自動車メーカーや日本人ドライバーの参戦もなく、決勝日の来場者数も8万6000人と、人気絶頂期(過去最高は2006年の16万1000人)の約半分に留まってしまった。確かに数字だけを見れば過去最低。それと比例して観客の盛り上がりも以前ほどではないと見解を持っている方々も多いと思うが、ファンの熱気は昨年までとは何ら変わらぬものがあった。
年に一度の日本開催を楽しみにしていた多くの日本のファンは、今年も開幕前日に行われたファンイベントから会場に詰めかけ、ピットロードが特別開放されるピットウォークやドライバーが全員出席したサイン会は大盛況。ここまでは他国で開催されるグランプリでも同じなのだが、一つ違うのは対応するドライバーだった。多忙なスケジュールで、常に分刻みで行動しているため、ファンサービスをゆっくりしている時間などないに等しい。それにも関わらず、今回の鈴鹿では立ち止まって一人一人丁寧にサインに応じる姿が目立った。特に木曜日に行われたサイン会では、ドライバー1人あたり抽選で選ばれた30人までという上限が決まっていたのだが、3年連続チャンピオンに輝いているベッテルは「あそこに僕のサインを欲しがっている人が大勢いるじゃないか。もっと連れてきてくれ。」と自らスタッフに交渉。急きょ子どもたち限定で追加サイン会が行われるという、異例の事態が起きた。世界最高峰の舞台で活躍するF1ドライバーたちが手厚くファンと接するのには、理由があった。
10日(木)のプレスカンファレンスに出席したベッテルは日本GPの印象について、「まず舞台となる鈴鹿サーキットは世界で最も素晴らしいコースの一つ。各コーナーでの通過スピードが高く、どのセクションもチャレンジングなんだ。そして毎年思うが、日本のF1ファンは本当に素晴らしい。一番凄いのは、みんなが全チーム・ドライバーを公平に応援してくれている所。これは他の開催地では見られないことだ。」と語った。
普通、野球やサッカーなど、スポーツ競技の会場では「好きなチームを応援するが、ライバルに対してはブーイング」ということは当たり前のように見られる。それが鈴鹿でのF1日本GPの場合は、それぞれ贔屓(ひいき)にしているドライバーやチームがいるのは確かだが、それ以外のチームのドライバーが目の前を通過しても、急いで色紙とサインペンを取り出しサインをねだりに行く。それだけではなく、毎日夜が明ける前からサーキット入りするドライバーをゲート前で熱心に待ち続け、ここでもチーム・ドライバー関係なく目の前を通過すれば笑顔で手を振って歓迎。レース後も夜遅くまで張り付き、時には日付をまたぐまでドライバーが通過するのを待ち続けるファンの姿が、今年もたくさん見かけられた。こういった些細な事がドライバーたちにとっては堪らなく嬉しいことなのだ。
もちろん、F1もスポーツ競技の一つであり、チーム同士・ドライバー同士の白熱したバトルが一番の魅力。だが、鈴鹿に毎年訪れるファンはレース観戦だけではなく以前は会うことすら不可能に近いと言われていたドライバーに声をかけ、手を振ることで“世界最高峰のレースイベントに参加している”という、思い出を作ろうとしているように、今回の取材を通して強く感じた。
【世界最高のF1ファンを作り上げた鈴鹿サーキットの“おもてなし”】
こういった雰囲気が出来上がり始めたのも、開催地である鈴鹿サーキットの努力が影で大きく影響している。今年もサーキット側が快適にレース観戦していただくだけでなく、少しでも良い思い出を作ってもらおうと様々な演出を用意していた。世界最高レベルの練度と高い評価を受けている鈴鹿のコースマーシャルは、レース前に観客に向かって歓迎の挨拶を行い、決勝後にはイベント広場でファンと記念撮影するなど、鈴鹿でしか見られないマーシャルたちが自発的に行う“おもてなし”をしていた。また、鈴鹿サーキットを後にする際、最後に通過するメインゲートには『また、来年お会いしましょう!』と大きく書かれた横断幕が掲げられ、その前でスタッフが「観戦お疲れ様でした!お気をつけてお帰りください!また来年お会いしましょう!」と、週末を通して通い続けてくれたファンにチェッカーフラッグを振って笑顔で見送っていた。
今年が25周年だからというわけではなく、サーキットのスタッフたちの工夫と努力で何年も前から自発的に動き出し、それが毎年恒例の光景になり始めている。中には、これらを楽しみに毎年鈴鹿にやってくるファンもいるほどだ。スタッフ全員が“仕事として”という面を全面に出さず、“仕事ではあるけれどお客様と一緒に楽しむ。お客様により楽しんでもらう”“おもてなし”も、今年の盛況ぶりに少なからず貢献しているように感じられた。こうして幕を閉じた2013年のF1日本GP。もちろん、素晴らしいレースがコース上で展開されたのだが、それ以上に各国のメディアが今年も熱狂的にレース全体を応援してくれた日本のファンを高く評価していたのが印象的だった。
【世界最高のファンが集まる鈴鹿だからこそ、克服して欲しい課題】
これだけ素晴らしいファン、素晴らしいスタッフが集まる鈴鹿でのF1日本GP。前述でご紹介している通り今年も大盛況だったのだが、まだまだ課題はいくつか残っていると感じている。まずは観戦チケットの料金。プロ野球やJリーグなどは1試合当たり高くても1万円未満で収まる。また世界三大スポーツであるサッカーW杯やオリンピックなども2〜3万円というところが大体の相場だろう。それに対しF1日本GPは最低でも1万1000円で、平均すると約4万円程度。メインストレートが一望できるグランドスタンドが6万円以上と非常に高額なのだ。もちろん、F1の場合は金曜日のフリー走行から日曜日の決勝レースまでを通して観戦できるチケットになっており、他の競技とはシステムが異なる部分はあるものの、さすがに少し興味を持っている程度のファンにとっては手を出しづらい金額だ。
F1の場合は、各レースで莫大なお金が動いており、1回あたりの開催権料も数十億円と言われている。それをカバーするためには、今のような料金体系になってしまうのは、仕方ないのかもしれないが、今年のように日本人ドライバーの参戦がなくなると厳しい来場者数になってしまう。すでに2018年までのF1開催継続が決まっているだけに、来年以降は少しでも改善されることを願いたい。
もう一つの課題は、ファンのマナー。確かに熱狂的でどのドライバーにもサインを貰いに行こうとする姿勢は日本にしかない光景だが、目の前に女性は小さなお子様がいるにも関わらず、それを押し退けてサインを貰いに行く姿が何度も見られた。私の取材ではファンが大きな怪我をしたという話は聞いていないが、これだけ多くの人が集まっている場所ということを考えると、一つ間違えれば大きな事故にもなりかねない。多くのドライバーや関係者に「世界最高のファン」と認められているからこそ、より高いレベルでマナー面などを意識していってほしい。そういった細かな積み重ねが、来年以降の来場者数向上につながってくるはずだ。
25回目という、新たな節目を迎えた鈴鹿サーキットでのF1日本GP。今年は「語り継ぎたい走りがある」をテーマに、ファンとともに過去24回のレースで生まれたドラマを振り返るなど、様々なイベントを用意してきた。実際に今回も追い抜きが難しいと言われるコースで何度も迫力あるオーバーテイクシーンが見られ、それぞれのドライバーが全力でぶつかり合う白熱したバトルが展開。また一つ語り継ぎたい走りが増えた。だが、今年一番語り継がなければいけないものは、間違いなく鈴鹿に来てくれた8万6000人の“世界最高のF1ファン”の存在だと思う。来場した人全員が最高の思い出を作り満足して帰ることが、来場者数よりどれほど重要なことなのか。それを学んだレースウィークとなった。
『記事:吉田 知弘』
コメント
トラックバックは利用できません。
コメント (0)
この記事へのコメントはありません。